民事裁判は序盤、中盤戦は書面のケンカだ。準備書面という原告、被告双方の主張を書いた書面を提出し合う。
テレビドラマのような尋問形式はクライマックスで、主張や書証が出尽くすまで、この地味なやりとりを繰り返すことになる。
最初の原告(訴えた側)の書面は訴状、最初の被告(訴えられ側)の書面は答弁書と言うが、その後は、原告準備書面、被告準備書面となる。
通常は交互に出し合うが、主張を足したい場合補足したい場合や追撃したい場合は、続けて出すことになります。
年明け、訴状を補充する準備書面が出来た。もう本格的な闘いは始まっている。容赦無き先制攻撃だ。
原告準備書面⑴
平成29年1月◼日
原告は、解雇無効確認等請求について、次のとおり、主張を補充する。
第1 退職願の撤回
訴状の第2、5、⑴に記載のとおり、原告は、平成28年10月7日、被告に対し、退職願を提出した(以下「本件退職願」という。)。
これに対し、被告は、本件退職願に対する回答をすることなく、同月8日、原告に対し、同月9日限りでの解雇を通知した。
被用者が任免権者に対して退職願を提出後、任免権者による承諾の意思表示が被用者に到達する前に、被用者が退職願を撤回した事案において、大阪地方裁判所平成9年8月29日判決は、被用者が提出した退職願について、被用者の任免権者による承諾の意思表示が被用者に到達する前であれば、被用者は当該退職の意思表示を有効に撤回することができる旨を判示した。
本件においても、前記のとおり、原告は、原告が提出した本件退職願について、原告の任免権者である被告代表者から、承諾の意思表示を受けていない。
そこで、原告は、本件退職願を撤回する。
第2 退職願による退職の意思表示の錯誤無効
仮に、本件退職願の撤回ができないとしても、原告は、本件退職願による退職の意思表示について、錯誤無効を主張する。
被用者が、解雇事由が存在しないにもかかわらず、上司からの退職勧奨等を受けて、自己都合退職をしなければ使用者から解雇されるものと誤信し、退職合意の意思表示をした事案において、横浜地方裁判所川崎支部平成16年5月28日判決は、被用者は退職願を提出しなければ解雇処分にされると誤信して、退職合意承諾の意思表示をしたと認められるから、退職合意承諾の意思表示にはその動機に錯誤があること、また、上司は、被用者としては、解約の申入れを承諾するか解雇処分を受けるかのいずれかの方法を採らざるを得ないことになることを当然に認識していたものというべきであるから、被用者がした退職合意承諾の意思表示の動機は黙示のうちに表示されていたこと、さらに、被用者としては解雇事由が存在しないことを知っていれば、退職合意の意思表示をしなかったであろうと認められることから、退職合意承諾の意思表示には法律行為の要素に錯誤があり無効である旨を判示した。
本件においても、訴状の第2、5、⑴に記載のとおり、原告は、被告から残業代が一切支払われてこなかったことや、被告から、定額残業代制度を導入することを主眼とする新たな雇用契約書に署名押印することを求められた(日付を空欄とするように求められた)こと、さらに、署名押印しないと雇用を継続しないことをうかがわせる内容の発言を被告代表者からうけたこと等から、このままでは被告から解雇されると誤信した。そのため、原告は、解雇される前に退職したほうが良いのではないかと考え、有給休暇と代休の残日数を確認するとともに、退職日について相談するために、退職年月日については「有給休暇、代休の消化後」、退職理由については「一身上の都合による。」という内容の退職願を提出した。したがって、原告の本件退職願による退職の意思表示には動機の錯誤がある。また、被告代表者は、原告としては、前記退職勧奨により退職するか解雇処分を受けるかのいずれかの方法を採らざるを得ないことになることを認識していたものというべきであるから、本件退職願による退職の意思表示の動機は黙示のうちに表示されていた。そして、原告は、被告が新たな雇用契約書に原告が署名押印しないと雇用を継続しないことをうかがわせる内容の発言を受け、解雇されると誤信しなければ、退職願を提出しなかったのであるから、退職願による退職の意思表示には法律行為の要素に錯誤があり無効である。
第3 主張の補充をするに至った経緯
原告は、解雇無効確認を理由とする地位確認等請求については、早期解決の必要性が高いため、本件訴訟提起後の平成28年12月6日、訴外で、被告に対し、平成28年11月20日付合意退職にすること、被告が同日までのバックペイを支払うこと、違法解雇されたことで消化できなかった有給休暇の対価の支払いを被告がすること等を内容とする和解提案をした。なお、同和解提案書面において、原告は、被告が同和解提案に応じない場合には、判決日までのバックペイの支払いを求めること、復職後に有給休暇を全て消化するつもりであることを申し添えた。
しかし、これに対し、被告は、平成28年12月13日、原告に対し、原告が消化できなかった有給休暇の対価については支払うが、同年10月8日付の解雇が有効であるから、退職日を10月8日とすること、バックペイは支払わないこと等を内容とする回答をした。
以上のとおり、地位確認等請求について、原告は、早期解決の必要性から、譲歩を示したにもかかわらず、被告は、解雇の有効性を改めて主張し、バックペイについては一切支払わないとも主張した。
原告としては、このような被告の態度に憤りと失望を感じ、また、和解が困難であると考え、判決日までのバックペイの支払いと復職を求め、退職願を撤回する次第である。
以上
次回、答弁書届く